香りの習慣で認知症を予防する認知症専門医 浦上克也教授が注目するアロマテラピー
『ご存知ですか?認知症は予防できるんです。知ってください認知症のこと。』
これまで認知症は予防や治療ができない病気と考えられてきました。しかし最近の研究で、日本最多の認知症であるアルツハイマー型認知症は生活習慣の改善などで減らせることがわかってきました。認知症の予防には、物忘れが気になり始めた時から早めの対応が重要なことを知っていただき、気軽で簡単にできる予防方法として、認知症の専門医浦上先生が研究するアロマテラピーをご紹介します。
浦上 克哉(うらかみ かつや)
1983年鳥取大学医学部卒業、1988年同大学院修士課程修了。現在鳥取大学医学部保険学科生体制御学教授。日本老年医学会代議員、日本老年精神医学会理事、日本認知症医学会専門医、2012年から日本認知症予防学会理事長。 鳥取県内で外来での認知症医療の現場で診療、治療、ケアなどにあたりながら、認知症の早期発見・予防に取り組み、その重要性を指摘しています。著書に「これでわかる認知症診療」(南江堂)、「認知症は怖くない18のワケ」「認知症新基礎知識」(JAF MATE社)など。近年ではNHKなどのテレビ番組や雑誌などでも活躍されています。
年相応の物忘れ、それとも認知症?
認知症とは、脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなることでさまざまな障害が起こ り、生活に支障が出る状態を指します。65歳以上の高齢者のうち認知症の人は推計15%で、2012年時点で約462万人にのぼることが厚生労働省研究班の調査で明らかになっています。多くの人は60歳頃になると老化が始まり、記憶力に加えて判断力・適応力などに衰えがみられます。 老化が原因で記憶力が低下し「うっかり約束の時間を忘れてしまう」「昨日の夕食には何を食べたか思い出せない」などの物忘れが起こりますが、この種の物忘れは加齢に伴う自然なもので認知症の症状ではありません。 認知症につながる物忘れは、約束した日時や場所を忘れてしまうのとは違い「約束したそのこと自体」を思い出せなかったり、昨日何を食べたかではなく「食べたこと自体」を忘れてしまうなど、ご自身が体験したこと自体が記憶からスッポリ抜け落ちてしまう状態を指します。この種の物忘れはゆっくり悪化しながら、「軽度認知障害:MCI」と呼ばれる、まだ病気とは言えない状態を経て、病気である「認知症」へと進行していきます。
認知症の前段階、軽度認知障害(MCI)の早期発見と対応が大事
認知症を発症する前の段階として軽度認知障害(MCI:Mild CognitiveImpairment)と呼ばれている症状・状態があります。近年ではこのMCIの段階が、その後の認知症への移行をくい止めるために非常に重要な時期と考えられています。 MCIは認知症ではなく、病気でもありません。全般的な認知機能が正常で会話や日常生活 に支障はないのですが、物忘れが目立ち、年齢や知識レベルの影響では説明できない様な記憶障害が存在する状態をMCIと呼んでいます。 そのまま放置すると認知機能の低下が続き3~4年で約半数の人が認知症へと進行してしま うことから、MCIは認知症の予備群とも言えます。 MCIの段階で適切な対応をとらず、時間が経過し日常生活に支障が出はじめると認知症の 発病となりますが、認知症になってしまうと治療が大変難しいのが現状です。MCIの段階でいち早く気づき予防対策を行うことで、症状の進行を遅らせたり、認知症の発症自体を阻止することができるようになったのです。 私はまだまだ大丈夫と言う読者の方も多いと思います。厚生労働省ではMCIの人口はお よそ400万人としていますが、実際にはその2〜3倍は存在すると言う専門医もいます。 MCIは誰にでもおとずれる可能性がある状態と考えてください。MCIになることは仕方の ないことだと言えるのですが、その後に控える認知症になってしまうことは絶対にくい止めてください。 多くの人は、生活に支障が出て周囲の方々の負担が増えることで異常に気づき、初めて医療機関を受診します。このためすでに初診時に95%の方が中度の認知症に進行しており、回復の見込みが低い状態からの治療開始となっています。 そのようにならないためにもMCIの時期に適切な対策を行い、予防することが重要なの です。 日常生活には困らないけれど、物忘れが気になり始めている。それはMCIのサインかもしれません。認知症の予防を始めるのは、まさしく「今」です。
●認知機能の低下と進行状況のイメージ
香りの刺激が神経を再生
嗅神経(きゅうしんけい=臭覚の神経)と海 馬(かいば=記憶の神経)の関係
鳥取大学医学部で認知症の専門医として認知症の研究に取り組む浦上先生は、今日では 日本の認知症予防・治療を強力に牽引し注目されている研究者です。 現場での患者さんとのコミュニケーションを重要視する浦上先生は、まだ新米先生だった頃、保健師さんと物忘れが始まっている高齢の方のお宅を訪問しました。その際に出たお茶菓子(おまんじゅう)から腐ったにおいがしているのに、ご本人はそれを感じていないことに気づきました。 浦上先生はこれをきっかけに認知症と嗅覚機能の関係に注目し、様々な検査や調査を行います。その結果、認知症の初期症状の頃から嗅神経の細胞が壊れて始めて、においを嗅 ぎわける能力が衰えてしまうことをつかみます。 アルツハイマー型認知症では記憶を司る海馬が障害を受け、物忘れが頻繁に現れはじめ ますが、海馬の障害よりも前に嗅神経が障害を受けることを発見したのです。 さらに、再生しないと言われていた神経細胞ですが、嗅神経と海馬には再生能力があり、特に再生能力が高い嗅神経にある刺激を与えることで嗅神経が再生すること、嗅覚の機能が回復すると海馬や周辺の神経細胞の働きが活性化することにたどりつきます。 そして、「ある香り」をかぐことで嗅神経を通じて海馬の機能低下を防いだり、回復させ、認知症の予防や治療の効果が期待できることがわかったのです。 嗅神経再生を促す「ある香り」、それがアロマオイルだったのです。
●嗅神経と海馬は脳内でつながっている
長年の研究で到達した香り
認知症臨床の現場から生まれた独自の配合
嗅覚機能の衰えと認知症の関係に注目するきっかけとなった“傷んだおまんじゅう”に出会ったのが今から30年前。その後浦上先生は嗅神経と海馬との相互の関係性解明や、神経再生に有効なアロマオイルにたどり着くまでに様々な研究を重ねました。 香りによる刺激だけではなく電気的な刺激による方法も研究、高い効果を得ましたが、患者さんに大変不快な感じを与えることから、その研究をあきらめざるをえませんでした。 様々な方法の中からアロマテラピーの刺激に着目したのが約10年前、“傷んだおまんじゅう”から実に20年が経過していました。アロマテラピーはヨーロッパなどでは既に広く親しまれていることや安全性の面でも実績があったため、各種の特性を持つ精油の組み合わせ(配合)による様々な香りで研究が進められました。 そしていよいよ、嗅神経や海馬の神経を活性化する働きが顕著な精油の特定とその配合にたどり着いたのです。 そのレシピでは、オーガニックで栽培された原料による精油4種が使用され、効果はもちろん安全面にも配慮し、心地よい香りであることを条件に、独自の配合が完成したのです。 このアロマオイルは、浦上先生の外来はもちろん老人ホームなどで認知症や軽度認知障害 (MCI)の方々が使用しています。 一定期間継続して使用することで「忘れても思いだせるようになった」と記憶の改善や、「意欲が出てきた」など、使用者の実感を聞くことができています。 さらに高度な認知症の方への使用でも、検査データが劇的に改善されるなど高い効果が確認され、医療や介護の関係者から注目を集めています。 浦上先生の研究への情熱と努力が結実したアロマオイル。そしてこの画期的な成果を手にし、満足行く結果を見いだすのは、認知症のご本人やご家族であり、認知症に不安を感じている皆さんなのです。
においが分かるかをチェック
MCIや認知症に気づいてくだい
においがきちんと分かるかどうかをチェックして、MCIや認知症の兆候に気づきましょう。 アルツハイマー型認知症では、記憶を司る海馬の障害の前に嗅神経が障害を受けます。 物忘れのチェックに加えて、においが分かるかどうかをチェックすることで、MCIや認知症を早期に発見できる可能性があります。 思い当たる原因も無く食事の好みが変わったり、お料理の味が変わったと言われるのは、あなた自身の「においの感じ方」に変化が現れているからかもしれません。 においの中でも、最初は嫌なにおいから分からなくなり、認知症の進行に伴い、次第に心地よい香りも分からなくなります。
一つでも当てはまる人は認知症予防を心がけましょう
- こもったにおいに気づかず、換気をしなくなった。
- 周りの人がくさいと言っているのに、それを感じないことがあった。
- かすかな香水のにおいが分からず、沢山つけるようになった
- 花のにおいがかぎ分けられなくなった
- 汗くさい服を着ていても分からなくなった
- 納豆や干物のにおいが分からなくなった
- アロマオイルの香りが分からなくなった
【著者プロフィール】
並木靖幸
広告会社勤務を経て、特定非営利活動法人 高齢者安全運転支援研究会を運営
する傍ら、フリーライターとして活動。
2015年4月、日本認知症予防学会認定「認知症予防専門士」第1期生となる。